メールと、英会話と、司会 | 成井 恵美

成井さんは、ちょっと面白いキャリアをお持ちなので、どこからお話を訊いていこうかな…と考えています。

キャリアがばらけているので、焦点が当て辛いですよね(笑)

そこが面白いな、と思って(笑) ご出身は神奈川県。

そうです。生まれも育ちも横須賀です。

高校まで横須賀にいらっしゃって。それから早稲田大学に行かれている。そのときの専攻は何だったんですか?

専攻は哲学です。その中でも西洋哲学ですね。で、意識したわけではないのですが、自分が取った科目は比較的古典…初期のギリシア哲学、ソクラテスとかプラトンとかアリストテレスとか…あとは中世、デカルトとかパスカルとか。そういう授業を取って、卒論は一気に飛び越えて現代に、存命している方の思想を。習ったのはヨーロッパが中心だったんですね。

で、卒論のときは現代のアメリカに舞台を移して。せっかく自分が勉強する中で、古典ばかりに偏りがあるなと思って。じゃあ、卒論ぐらいは現代のことをやろうと。

元々、哲学に興味があったんですか?

というわけでも(笑) ヨーロッパが好きで、よく旅行して色々な建物や文化にふれるのが好きで。その中で、バックグラウンド・・・ひとつはキリスト教であったりとか、あとは哲学ですよね、大本にある考え方…それを理解しないと、表面的なものしか見ることが出来ないんじゃないかな、という思いはあって。興味はありましたね。

なるほど、西洋への興味から、学びたいという意欲が。

やっぱり、単純に西洋文化への憧れみたいなものが、自分の中にありましたね。

で、大学を出られて、最初は商社にお勤めになったんですね。

そうですね。

それは、どういうお仕事をされていたんですか?

私が居た部署は、重電機部。厳密に言うと、担当エリアが中南米だったんです。コスタリカ、ブラジル、チリ…そういったところに、発電所や変電所を作る、プラント輸出ですね。そこに4年居ました。

商社を選ばれたのも、海外への興味と繋がっているんですか?

そうですね。英語を使って海外とやり取りをする仕事をしたい、という気持ちでそこへ入社しました。

なるほど。そこで4年お勤めになって、それからどうされたんですか?

それから、「横浜・八景島シーパラダイス」という、人工島の上に、遊園地+水族館という施設。そこのオープニングスタッフとして、約1年間、司会のリーダーをしていました。

司会のリーダーですか。

30人ぐらいの女性の集団が居まして。その30人が、イルカショーやイベントの司会、それ以外にもお客さまと一緒にダンスをしたり…一日の中にコミュニケーションタイムという、お客さまと一緒に色々なゲームやダンスをするふれあいタイムがあって…あとは、島の中のご案内ですとか、救護ですとか、そういう一切合切をするグループの、司会部門のリーダーをしていました。

商社からシーパラダイスへ・・・という、その道筋にどういう繋がりがあるのか気になりますね(笑) シーパラダイスにお勤めになった経緯というのは?

はい、実は高校のときから、キャビンクルー(客室乗務員)になりたかったんです。で、大学卒業のときに、かなり(面接を)受けたんですけど、どれも落ちてしまって(笑) それで、新卒枠では駄目だったので、既卒枠を狙おうということで、就職と同時に専門学校に入ったんですね。平日は働いているので、土曜日に5~6時間ずっと、面接や英会話などの勉強をしていました。やっぱりだんだんコツを掴んで、二次、三次、最終面接と残るようになってきたんです。で、最終面接に残って落ちた会社というのが10社ぐらいあって…学校の先生からも「あなた、本当に良いところまで行くようになったのに、最後の一押しが駄目なのよね。」と言われていて。その最後の一押しが、自分で分かっていたんです。

私はすごく緊張し易くて…今も結構(心臓が)バクバク言っているんですけど(笑) あがり症で・・・。最終面接なんか行くと、「これがファイナルステージ」ということで、高揚し過ぎて頭が真っ白になってしまうんですね。なので「もうちょっと落ち着いて、そういう場面においても話が出来る練習をしなさい。」と言われていたなかで、その横浜・八景島が近所にオープンする、オープニングスタッフで司会を探している、というのを人から聞いて。これは、自分の弱点克服のために良いんじゃないか?と。自分への荒療治というんですか(笑) 苦手を仕事にする。

なるほど。

商社に勤めて週末学校へ行く、という生活を4年間やっていたんですけど、芽が出ない、答えが出ない。であれば…司会、ナレーションというと、立ち振る舞いや言葉遣いなど、接客のことを学べますし、商社にいるよりは、もうちょっと自分の目指すところに近づくんじゃないかと考えて、そこでキャリアチェンジをしたんです。

司会業をやりたかったわけではなくて、その先にキャビンクルーという目標があったんですね。

そうなんです。当時は、司会業なんて、まったく苦手の苦手(笑) 人前で喋るなんてやりたくない…でも、600人応募があった中の30人に選ばれて、一回目の面接から「あなたリーダーでやってください」と言われてしまったので、もうやるしかないと腹を括って。イルカショーなんか、2000人ぐらいお客さまが来るんですね。そこで、40分間ずっと話し続ける。

しかも、人間が相手ではないので、決まったシナリオ通りには進まないんですね。イルカは比較的シナリオ通りに動いてくれるんですけど、アシカなんかは脱走しますんで(笑) しょっちゅう脱走するんで、お客さまが飽きないように、トークで繋がないといけないんですね。とにかく、そんなこんなで、毎日がアドリブ…そんなことを1年間やっていました。

なるほど。その1年間で鍛えられましたか?

と思いますね。もう初めの頃は辛くて辛くて、家に帰ってお酒を飲まないと寝られないくらい、とにかく辛くて(笑) それが、後半はだんだん楽しくなってきましたね。ミスも減ってきますし、最後のほうは、自分で台本を書いて話したり、他の人に教えたり、そういう楽しみも出てきて。